生徒は自分に魔法をかけられる

こんばんは。

大阪・神戸・京都の国語専門家庭教師住吉那巳枝です。

模試・教材制作の仕事をしているため、素材文選定だけで年間数百冊の本を読むせいか、趣味で読む本を選ぶときは、つい、著作権使用可能著者の作品に偏ってしまうところがあります。仕事で使えるものという視点がなかなか抜けず。

そんなかんじでかれこれ10数年。ひさびさにそんなことを考えずに本を買いました。

大阪で授業を終え、次の授業のある京都に早めに着いたので、久々に書店に立ち寄りました。そこで平積みされていたのが藤岡陽子『金の角持つ子どもたち』。中学受験を通して家族が成長する物語。「金の角」とは、中学受験を目指すことを決めた少年が通う塾の塾講師加地にしか見えない金色の角。入試前に、極限まで努力し続けた子どもたちの頭に生える金色の角。この角は子どもたちが自分の力で手に入れた武器。勉強を通して手に入れた武器。受験勉強を通して得た問題解決策を考える思考力、情報を読み取る力、反復練習や暗記といった地道な努力。仕事をしていく上で必ず役立つ力。

主人公の男の子はサッカーをやめ、最難関の中学受験を目指す。生まれつき耳の聞こえない妹のために聴覚を共有できるロボットを作りたいから。目標を持って中学受験に臨む主人公の姿に、これまで信じられないような変化と成長を遂げた生徒たちの姿が重なりました。主人公は中学受験は失敗しますが、高校受験でその学校の高校に合格。それまでの主人公と両親の成長の物語。今年の5月に出た新刊です。中学受験に否定的な人にも読んでみてほしいなと思います。中学受験は親の受験と言われますが、子どもたちを見ていると親の希望で志望校を決めている子のほうが私の生徒に限れば圧倒的に少ない。この学校に行きたい、この学校でこれがしたい。そういう思いを持って中学受験の勉強をしている子がたくさんいます。スポーツで頑張る小学生はすばらしい! 勉強で頑張る小学生はかわいそう。そんな空気を感じるたびに違和感を覚えざるをえません。この小説は、そんなもやもやを消し去ってくれるようなお話でした。自分で決めた目標のためにがんばる。その対象がスポーツでも勉強でもどちらであってもすばらしい。そんな当たり前のことを教えてくれると思います。

主人公と塾講師の姿に引き込まれ、異動中の電車の中でほぼ読み終え、帰宅後、練る前に読み切ってしまいました。

塾講師の加地が、主人公に「全身から負けん気が立ちのぼっているような子に出逢う。そういう子どもには必ず、金の角が生えてくる。だからおまえに勉強を教えてみたいと思った」という場面がありました。いま教えている生徒でまさにそんな生徒がいます。とはいえ、初めからそうだったわけではないのですが。体験授業で会ったときは、「だいじょうぶか? 自分の意志はどのくらいあるのだろうか?」と不安を覚えた子でした。ご両親はとても聡明で家庭学習の管理などもしっかりしてくれると確信できたので指導を開始。遠方のため通常はオンライン。この夏、対面で2日間指導したのですが、初めて会ったときとは表情も空気もまったく別人。オンラインで顔は合わせていますが、オンラインでは熱量は半減される。どうしても細かな表情の変化までは読み取りにくいし、その子が出す空気までは感じ取れない。表情の変化は気づいていたのですが、ここまで変わっているとは! と驚きました。この子に武器を与えてあげたい、将来医者になって、生きていくための武器を与えてあげたいと思いました。

すべてを吸収しようという姿勢、どうしたらできるようになのるかとくらいついてくる姿勢、なんとか自分で答えを出そうという姿勢。私には金色の角は見えませんが、合格を勝ち取ってくる生徒たちが持つ独特の空気感はわかります。E判定でも、「この子はだいじょうぶ」と送り出せる子と、A判定なのに不安でたまらなくなる生徒がいます。後者の子は学力がどんなに高くても最後までこの空気を醸し出すことがない。まとうことがない。この生徒は現在中高一貫校に通う高1。大学受験までまだ時間があります。今後伸びる可能性がまだまだある。実際、高校の先生方が驚くほど、学習姿勢が変化しているとのこと。現代文は平均点にはまったく届いたことがなかったのが、届くようになり、学校の授業の記述問題では先生から「すばらしい!」との評価をもらえたとのこと。

対面では、河合の全統過去問を扱ったのですが選択肢がほとんどあっている。解答の根拠を説明させてもしっかり合っている。解答解説はかなりのボリュームですが、それを読みこなし、自分なりにまとめてくる。手も足も出なかった百字の記述解答をなんとか作ってくる。漢字・語彙が弱いのでここはがんばってもらわないといけませんが。

お母さまが一番驚いていたのは本が大嫌いでまったく読まなかったのに2日で1冊文庫本を読み切り、2冊目も読み始めたことだとか。「先生、どんな魔法を使ったんですか?」と聞かれましたが、なにもしていません。本を読めとも言っていません。伸びる生徒は自分で自分に魔法をかけます。私たち教える人間は、考え方・解き方・読み方といった手段を教えるだけ。それを使って身につけるのは生徒本人にしかできません。その中で、考える力がつけば、読む力がつけば欲が生まれる。気づかなかったことに気づき、知らなかったことを知りたくなる。生徒が教えたことを吸収して自分のものにするように努力したからです。それが魔法の正体です。私自身は文章を正しく理解し問題を正しく解くための手法を伝えているにすぎません。ただ、興味の幅が広がるように、何か刺激になるようなことはちりばめるようにはしていますが……。

生徒は自分で自分に魔法をかけることができます。ただ、それは極限まで努力したときにだけできること。

夏休みになり3週目に入りました。夏期講習・通常授業・家庭教師の授業・個別塾と大変だと思います。でも、一生のうちの12歳という段階で極限までの努力をしてみてほしい。それは、その後の自分の人生の宝物になります。「あのとき、子どもだったあのとき、あれだけがんばれたのだから、今はもっとできる!」と、中高校生になった自分を、大人になった自分を必ず支えてくれます。