高校国語改訂が中学受験に及ぼす影響

こんばんは

大阪・神戸・京都の国語専門家庭教師住吉那巳枝です。

高校国語指導要領の改訂が話題になっていますね。

現代文が論理国語と文学国語に分かれて選択となるため、単位数の関係で文学国語を選択する学校はほぼないだろうとのことなんです。文学作品に触れる高校生が激減するだろうということなんですね。これは、大学入学共通テストが論理力や情報処理力を重視していることが原因と言われています。

では、これ、中学入試に影響があるのでしょうか? 大学入学共通テストの試行調査問題を見ていると、文学作品を理解する能力が不要なわけではない。でも、割合として論理的思考力を見るものが多い。高校では論理的思考力の養成を重視する。となれば、高校入学前に文学作品・文学的文章を理解する力はつけてほしい、となるかもしれませんね。

最近の入試傾向として、文学的文章では新しい作品(入試の前年に出版された作品など)を扱う学校も多いですが、文学作品を扱う学校が全国的に出てきているような印象を受けています。基本的に関西私立中学のかなりの学校の入試問題を確認しています。また、生徒が前受けする可能性のある北海道から九州までの学校の入試問題も見ます。また、教材・模試作成の仕事で関東の主要私学の問題は目を通します。

すると、ここ数年、いわゆる文学作品であったり20年、いやそれ以上前のものもありますが、そのくらい昔に入試でブームのように取り上げられた作品が使われていたり、古典作品の現代語バージョンが出題されたりというのを目にする機会が確実に増えているように感じています。

関西では、洛星中学の前期入試は明治~昭和の文豪作品を出すことで有名です。「名作は時代が変わっても読み継ぐ価値がある」という考えなんですね。問題もかなり深い読み取りをさせます。おそらくこの傾向は続くでしょう。

高校で論理国語重視ならその前の中学入試では文学作品を理解する力をしっかり見ようか、となってもおかしくないのかもしれません。

あくまでも私個人の推測ですが……。

個人的には文学作品は早いうちに味わったほうがいいと思います。大局的視点を養うには、文学的文章のほうが適しています。文学的文章の理解には、場面・出来事の全体の成り行きを見るだけでなく、その先の描かれていない部分も見通す(予測する)力を養えるからです。この力は頭のやわらかいうちに鍛えるほうがいいと感じています。論理的文章は大局的視点というよりも事象・物事そのものを客観的に全体的に見る俯瞰的視点を養うのに適しています。